8/3

美術の先生に会いに行く。芸大に行くための話を聞いた。

・息抜きに映画、読書など

・ドローイングはウォーミングアップ

ポートフォリオや大学生になった時の作品構想を練る

 

に全ての時間を費やせとのことだった。

 

疲れる1日だった。

作品構想が思い付かないので映画を観ることにした。クシシュトフ・キェシロフスキ『デカローグ 9,10』(「ある孤独に関する物語」、「ある希望に関する物語」  なんでいきなり9,10借りてきたんだ)。やっぱキェシロフスキはいいなーって思う。映像美なんだよ、本当に。で、映像美を意識して映画を観ると疲れる。映像から得る情報を増やしてるから。感想がいろいろあるけど疲れて書けない。ごめんなさい。

 

 

私は今何もわからない。何かが止まってしまった。何にもやる気がない。眠いし、寝てしまいたい。と書いて思い出した。つまり今私に読書ブームが到来してるということか?  だとしたら逆らわず読んでいこう。いや、この推論、いいかげんなのであまり信用できない。考えられることと考えられないことがある、という命題を今は信用している。

 

明日、取手に行こう。雨かもしれない。でもいい。

8/2

やっぱり記録しよう。

 

0時を過ぎ、8/3になる。私はいつものようにウォークマンで音楽を聴き始めた。すると違和感に気付いた。

今まで散々聴き倒してきた曲が、違って聞こえる。ちょっと高音に感じる。平沢進も、徳澤青弦も、Bill Evansも、何もかも変音しているように感じる。イヤホンのせいだと思って変えてみたけど、音程の感じ方は変わらなかった。それに、いつもより明瞭にダイナミックに感じるのだ。はじめて聴いた曲のように、良い曲だなーと思った。

知覚がおかしくなってると思った。甘い匂いがする。皮膚がヒリヒリする。耳の奥に圧を感じる。少し吐き気がする。これ、五感が逝ってるんじゃない?と思ったけど視覚はどうやら大丈夫っぽい、お腹が減ってるだけだと思って牛乳を飲みに行ったら、鏡の前で自分の眼の位置がぐちゃぐちゃだった。

 

私はとりあえずこれらの症状の原因は全てストレスだと思う。今日のことについて話そう。

 

昨日は三時まで澁澤龍彦翻訳全集1のジャン・コクトー『大股びらき』を相変わらず読んでいた。どう読めば面白いんだろうと色々考えたが、やはりどうしても難解に感じてしまう。寝た。

 

起きて続きを読む。おなかが減って、静かにパンを食べた。また読書をする。勉強をしたくないなーと思っていた。だらだらするんだったら髪切ってこようかと思ってパソコンで髪型を調べてた。

 

ここに親が来た。

 

あんまり覚えてないけど、二時間くらいだったか、十分くらいだったか、いろいろ言われた。お前はクズだ今まで何もやってこなかったし未来もない、なぜ家にいるのか出てけ、うちの金を使うな生かしてやるような気にもならなくなる、などが印象的だった。全く落ち込まなかった。で、予備校の振込は昨日してもらったので、明細書を受付に提出しに行けとのことだった。私は化粧をして髪を整えて服を選んで家を出る。電車に近づくのは得策ではないと思ったけど。

 

塾まで電車と歩きだったけど、今自分が何をやっていたのかすぐには思い出せない。あ、歩いていたんだと思ってまた歩く。あれ、ここどこだ? あ、今歩いてたんだ、ということは塾への道か、といった風に。時間意識がなくなって、空間意識もなくなって、ただ目的のために動いた。

 

サブウェイでご飯を食べる。食べた瞬間、自分がものすごく空腹だったと気付く。帰って家族の姿を見る、この人は誰なのか。家族っちゃ家族だけど、過去も現在も未来もない、私はこの人と関係があったっけ……?

 

Twitterで無限に時間を潰して、お風呂に入って、上がって、ウォークマンを手に取った。

 

 

そんな感じの一日だった。どうしても勉強したいなと思って現代文をやっている。昨日の続きから、川田順造『声とペルソナ』、吉見俊哉『遊園地のユートピア 消費社会の都市戦略』を読む。文構造は理解できるけど、同義の箇所に印を付ける気力がないし、音楽は変に聞こえる、で駄目だった。3時を超えたあたりから収まってきたけど。

 

こんな人間がいます、ってのは知ってたし、下には下がいる。けど、私の親がそんな人間だったとは、しかも、これほどまでとは思いも寄らなかった。

 

今5時。だいぶ回復してきた。私は少なくとも受験までの数ヶ月、耐えられるか心配だ。突発的に人を殺すこともあり得る気がした。自分も他人も。普通に生きられるだろうか。ひとり暮らしを始めれば、大きく変わると思う。それまで抑えることができるだろうか。

 

明日、というか今日、美術の先生に会いに行く。藝大院卒だから、というのもあり頼りになる。いろいろ質問する予定だ。10時ごろに行こう。私は今日頑張った。眠くないのに意識が途切れそうだ。

 

考え得るものと考え得ないものがあると思ってる。なぜ今私が勉強したり音楽を聴いたり本を読んだり創作したりアニメや映画を観たりといった行動をしているのか分からない。でもやらないと、一生分からないし変化に乏しくなる気がする。だからやる。ネットは良い面も悪い面も多様だから、自分の人生の良い面悪い面どちらもありふれたものだと分かるので良い。ネタにでもすればいいと思った。それで乗り切れるのならば。

 

でも「がんばる」とか「安定させる」とかの言葉やそれを実現させることの信頼が下落したのは確かだ。1秒後には私は頑張れなくなるし、不安定になる。これに関してはあまり考えたくない。ひたすらがんばったり安定させる努力をするしかない。本を読むしかない。勉強するしかない。

 

私の顔は完全に直っている。寝よう。おやすみなさい。5:30。

8/1

8月です。蝉、海の時空です。

 

昨日は深夜3時まで本を読んでいた。デイヴィッド・アーモンド『肩胛骨は翼のなごり』を読み終える。綺麗なハッピーエンドだったので、あとがきに「これは児童書」と書かれてたのも頷けるっちゃ頷けるけど、私はこれ好きだなー。

 

今日は起きてご飯食べてたら親が美大の話を持ち出してものすごくつらいこと言われた。お前は馬鹿だから美大は無理だしそもそも大学に行けない、という感じだった。反論して13時に振込しに行こうと約束したけど、13時になったら振込の前にご飯を食べろだのなんだので、そしてやっぱりお前に美大は無理、予備校にも行かせない振込には行かないとのことだった。

 

母が仕事中の父に電話して「知らんけどやりたいって言ってんだから」と言われたので振込に行く。私はここで既にゼロ精神パーワーだった。父は表面だけぼくに構ってくる。まぁでもそれが功を奏したんだしいいか。帰ってきて寝るっきゃないと思って寝た。

 

起きて19時。澁澤龍彦翻訳全集1というのを図書館から借りてきていたので、それを読む。ジャン・コクトオ『大胯びらき』。ま~普通の本じゃないし、分かりづらい。でもなぜか面白い。語彙がだめだ。ちゃんとレビューできるようになろう。

 

ご飯食べて風呂に入って、マクニール『世界史』を読む。分かりやすいのはまぁそうなんだけど、何より覚えやすい。すごい。世界史できるようになりたいです。

 

本読んで気が向いたら勉強しよ。今日はいろいろあった。けどここに書くのはあくまで記録のため、あんまり事細かに書いても嫌な気持ちになるだけな気もする。楽しいことを書こう。生産的なことを書こう。生産的なことって?  分かんないけど、それっぽいことを。

 

この三年間くらいに買った本の、量といい難しさといい、すごいのですが読んでないのであれです。ごめんなさい読みます。読もう。友達から「作品をつくるのに役立つ本」を色々教えてもらった。ロベールブレッソンのシネマトグラフ覚書が入っていた。テンション上がる。読むー。

 

夏なので海や祭りに行きたい。いない恋人を想った。

7/31

昨日は深夜3時まで勉強。現代文の小坂井敏晶『民族という虚構』のつづきと、ターゲット1-200。ターゲットのこの範囲はもう完璧なので明日は201-400くらいまでできればと思う。それで寝た。

 

起きて講習に行く。現代文と世界史の講習を受ける。今日で講習が終わった。帰ってきたら17時だった。風呂とご飯、そしてスマホをいじってたら19時になってたので勉強し始めた。現代文をやるがテキストが講習用から授業用に変わった、文章は今枝法之『溶解する近代』と上野千鶴子大衆社会の変貌 爛熟大衆社会の民主主義』。これをひたすらまとめていく。面倒だしあまり面白くないのでダラダラやった。

 

そのあと22:30から親に予備校の相談。志望大学について話す。第一志望から第三志望までそれぞれの受験科目を説明する。その間『受かるの?』の嵐。嗤われつづける。兄にも『芸大なんて受かるわけないじゃん』と言われる。うーん。突発的な怒りがこみ上がってくる。どうしようもないので、無視、思考停止に努めよう。結局予備校には行けることになった。良かった。

 

 

小説を読んでいた。デイヴィッド・アーモンド『肩胛骨は翼のなごり』。今日はすんなり読めた。というのは、今まで小説が「読めなかった」のです。言葉で伝達する表現形式ですから、自分が思い浮かべたままの言葉のイメージあるいは意味を、小説内のその言葉のイメージあるいは意味としてしまって構わないのですが、今まではそうだとは思っていませんでした。「小屋」と言われてどのような小屋を思い浮かべればいいのか、その時の天気や背景や視点はどう定めればいいのか分からなくて、文章が「読めなかった」んです。これヤバくないですか?  小説が「読めない」って。まぁヤバいな~って思ってて3年間くらいつらかったんですけど(主にそれがつらくてずっと鬱状態だった)、なんか少しずつ論説を読むうちに読めるようになっていきました。で今日はスラスラ読めた。すごく安心しました。これまで全然小説読めてないからこれから意識的に読むようにしてこ。それにしても、読めるようになると『肩胛骨は翼のなごり』の綺麗な情景が思い浮かべられて良いな~~。

 

マクニール『世界史』を少し読んだ。並行して『詳説 世界史B』も読んでいこう。夏休み中にどのくらい世界史ができるようになるのか。センターがまぁまぁ解けるようになれればいいなと思う。すごい低いハードルっぽいけど、まぁ恥ずかしながら今の私にとってはキツい話なのです。今からがんばろう。今までの自分は今までの自分で、違うところで頑張ってたし何かを得ていたはずだ。今の私が形成された過程なのだ。

 

 

といった何ともいい感じの変化に加え、一人言を意識的に増やしていっている。一時間くらい一人言を言って発散している。効果があればとりあえず何でもいいや。

 

明日は全くのオフ。勉強漬けにしよう。頑張っていこう。頑張っていきます。

7/30

昨日の夜から今日の朝6時まで音楽を聴きながら現代文の勉強。私大の問題かな?西谷修『戦争論』 隈研吾『新・建築入門』 あとなぜか出典書かれてないけど東大の問題で死者論的なやつを読んだ。

寝て9時ごろ起きて、講習に行く。

現代文と世界史の講習をそれぞれ受けて、帰る。が、現代文の先生とはディスコミュニケーションがあったり、ぼくが世界史を本当に1ミリも覚えていないことに加えみんなめちゃめちゃ世界史出来て、ものすごくストレスだった。

帰宅後、入浴して15分寝て、起きて現代文をやる。松浦寿輝『官能の哲学』 小坂井敏晶『民族という虚構』を読む。難しい。

 

ストレスがすごい。原因はまぁ明確かもしれないけど、じゃあどうすんの?となった。コーヒーを飲んだり、『現代形而上学』を読んだり、マクニール『世界史』をめくったり。歌うと気持ちがいい。涼しい部屋は素晴らしい。なのにイライラがとまらない。

 

でも勉強してく。勉強の定義が分からないので、それっぽい行動を取る。今日はストレスの解消を考えても無駄だった。これからは勉強しつづけてみて、無理だったらやめよう。今からターゲットをやって、ネクステもやって、フォレストめくって。現代文は講習のテキストがそろそろ終わるので、授業用テキストに推移。古典の単語もちょっとずつやろう、今日から10単語ずつ。

 

みんなこれくらいやってるのだと思う。みんなと私の間に差異はない。あるとしたら、私は劣っている方に数えられる。それと同時に誰かの模倣として生きている感じが薄れてきている。アイデンティティもなければアイデンティフィケーションもない。周りに他者がいるように思えない。というか実際、私が求める他者はいない。私が求める他者って? 分からない。あー、どうでもいい。

 

勉強しなくても、勉強しても、精神は質の違いこそあれ結局不安定になる。しゃーない。

 

読書量を増やさねば……。いや、違うな。もっとふざけてかないとこれマジで死ぬパターンだ。

7/29

第一志望を東京芸大にした。友達と同じ予備校に行く。

 

ここ二日の講習に出席していない。が学校には行った。ベンチに座ってターゲットをやったりラテンアメリカ詩集を読んだりした。

 

帰って冷房の効いた部屋で『ワードマップ 現代形而上学』を読む。因果性の話。ヒュームの言ってることがよく分からなかった。いつの間にか寝て起きて、続きを読んだら何となく分かった。Aが起こったらそのあとBが起こる、といったものをいっぱい見てくと帰納的にAとBとの間に因果関係があるように思うという話だった。そのあとこれに対して反論がある。その一つに「僕がロンドンに行くと必ず雨だけど、そこに因果関係があるとは考えられない」というもの。統計のやつか。相関はあるけど因果関係はない、みたいなやつ。それはそうと、その人が巷で「雨の神」と呼ばれてたら、「ロンドンに雨を降らした」と考えるのも自然だな、と思った。ぼくは子供用プールの神になりたい。

 

ぼくが不安になったり未遂したりするのは、何かを根拠無しに断定することに原因している気がする。帰納的に考えれば、僕は一生、一日に一回不安になったり未遂したりする。そしてこれらを帰納的に考えることは全く不毛でもないと思うし、当然正解ではない。

 

通常の受験勉強をしないことが私の精神状態を不安定にしていると思う。普通に因果関係がある気がする。また、ターゲットをやることも、オースティン哲学論文集を読むことも、らき☆すたを観ることも、いずれにも価値があり、いずれも私の現状を表す材料となり得て、いずれも私に問いを与えうるし、回答を与えうる。そうなのか? あらゆる行為をこの観点から分別せねば。

 

価値判断について知りたい。例えば、現在自分が思う価値を得ているだけでは偏向するので、一般的に言われている価値を信じてみたり、みたいなのを知りたい。何を読めば良いんだろう。

 

気持ちの良い部屋で横になったら寝た。因果。何となく分かってきた。

 

何に対しても動機がない。苦しい。苦しいのは動機にならない。でも今何となく動機がある。言語化できない。現状つらいけど勉強しないと現状がどうなってるのかわからないよね、みたいなこと。じゃあ勉強って何なの。

 

受験勉強がガラリと変わる。ポートフォリオつくって、小論文対策して、数学とかやんないと。あと古文漢文も。デッサンはしなくていいけど、総合実技で何出るか分かんないから造形も絵もやんなきゃ。がんばろう。

 

日本語がめちゃくちゃだ。いろいろあったし、一日がぐちゃぐちゃしてたからだと思う。整理する気も無い。本を読もう。

7/27

憂鬱にさせるものについて、ネットで見た。気温、空腹、経済状況。なるほどという感じがした。

 

今日は講習を二つとも休んで寝ていた。気付いたら日が沈んでいた。心臓がばくばくして、それ以外すべては停止していた。スマホをいじって1日終わっているというのはよくあること、とある先生が言っていた。それによって得たものを考えよう、と。そろそろ睡眠薬を飲もう(持ってるのは睡眠改善薬だけど)。

 

ランニングをしようと無理矢理家を出たが、脇腹が痛くなって帰った。帰り道、人に自分を見られたくなかった。髪は変な形をしているし、顔もへにゃへにゃしている。眼鏡をかけているし、ださいトレーニングシャツを着ている。上品な女性が自転車をこぐ。カップルが手を繋いで店を指差す。

 

やっぱりもう一度精神科へ行こうか。この間はご飯を食べることができなくなったので身体的支障が酷くなって渋々行ったけど、今はちゃんとご飯を食べるようにしている。精神科にはあまり行きたくない。

 

化粧品を買った。髪をドライヤーで乾かした。洗顔をした。

 

いろいろと刹那的になってきている。勉強すれば精神は安定するだろうし、ずっと続ければ目標の大学に受かる。生活リズムを整えればこれもまた精神安定に大いに貢献するだろうし、人とコミュニケーションをとるのも映画を観るのもおしゃれをするのも同様だ。しかしそれらすべてをしないという選択も、わたしは大いに取りうる。そして最近はそれに近い。

 

諸悪の根源が夜更かしであるような気がしてきた。根源でなくとも、夜更かしをしなくなったら万事うまく行くかもしれない。早く寝よう。ある友人は、わたしが0:30に寝ると聞いて、自分は23:45に寝るからちゃんと起きられるのだと言った。うざいとは思ったけど、この45分を大切に思ってみよう。

 

明日の朝に美大の予備校を調べなければ。学校へ行って担任に美大志望について話す予定。