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昨日の夜から今日の朝6時まで音楽を聴きながら現代文の勉強。私大の問題かな?西谷修『戦争論』 隈研吾『新・建築入門』 あとなぜか出典書かれてないけど東大の問題で死者論的なやつを読んだ。

寝て9時ごろ起きて、講習に行く。

現代文と世界史の講習をそれぞれ受けて、帰る。が、現代文の先生とはディスコミュニケーションがあったり、ぼくが世界史を本当に1ミリも覚えていないことに加えみんなめちゃめちゃ世界史出来て、ものすごくストレスだった。

帰宅後、入浴して15分寝て、起きて現代文をやる。松浦寿輝『官能の哲学』 小坂井敏晶『民族という虚構』を読む。難しい。

 

ストレスがすごい。原因はまぁ明確かもしれないけど、じゃあどうすんの?となった。コーヒーを飲んだり、『現代形而上学』を読んだり、マクニール『世界史』をめくったり。歌うと気持ちがいい。涼しい部屋は素晴らしい。なのにイライラがとまらない。

 

でも勉強してく。勉強の定義が分からないので、それっぽい行動を取る。今日はストレスの解消を考えても無駄だった。これからは勉強しつづけてみて、無理だったらやめよう。今からターゲットをやって、ネクステもやって、フォレストめくって。現代文は講習のテキストがそろそろ終わるので、授業用テキストに推移。古典の単語もちょっとずつやろう、今日から10単語ずつ。

 

みんなこれくらいやってるのだと思う。みんなと私の間に差異はない。あるとしたら、私は劣っている方に数えられる。それと同時に誰かの模倣として生きている感じが薄れてきている。アイデンティティもなければアイデンティフィケーションもない。周りに他者がいるように思えない。というか実際、私が求める他者はいない。私が求める他者って? 分からない。あー、どうでもいい。

 

勉強しなくても、勉強しても、精神は質の違いこそあれ結局不安定になる。しゃーない。

 

読書量を増やさねば……。いや、違うな。もっとふざけてかないとこれマジで死ぬパターンだ。

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