8/2

やっぱり記録しよう。

 

0時を過ぎ、8/3になる。私はいつものようにウォークマンで音楽を聴き始めた。すると違和感に気付いた。

今まで散々聴き倒してきた曲が、違って聞こえる。ちょっと高音に感じる。平沢進も、徳澤青弦も、Bill Evansも、何もかも変音しているように感じる。イヤホンのせいだと思って変えてみたけど、音程の感じ方は変わらなかった。それに、いつもより明瞭にダイナミックに感じるのだ。はじめて聴いた曲のように、良い曲だなーと思った。

知覚がおかしくなってると思った。甘い匂いがする。皮膚がヒリヒリする。耳の奥に圧を感じる。少し吐き気がする。これ、五感が逝ってるんじゃない?と思ったけど視覚はどうやら大丈夫っぽい、お腹が減ってるだけだと思って牛乳を飲みに行ったら、鏡の前で自分の眼の位置がぐちゃぐちゃだった。

 

私はとりあえずこれらの症状の原因は全てストレスだと思う。今日のことについて話そう。

 

昨日は三時まで澁澤龍彦翻訳全集1のジャン・コクトー『大股びらき』を相変わらず読んでいた。どう読めば面白いんだろうと色々考えたが、やはりどうしても難解に感じてしまう。寝た。

 

起きて続きを読む。おなかが減って、静かにパンを食べた。また読書をする。勉強をしたくないなーと思っていた。だらだらするんだったら髪切ってこようかと思ってパソコンで髪型を調べてた。

 

ここに親が来た。

 

あんまり覚えてないけど、二時間くらいだったか、十分くらいだったか、いろいろ言われた。お前はクズだ今まで何もやってこなかったし未来もない、なぜ家にいるのか出てけ、うちの金を使うな生かしてやるような気にもならなくなる、などが印象的だった。全く落ち込まなかった。で、予備校の振込は昨日してもらったので、明細書を受付に提出しに行けとのことだった。私は化粧をして髪を整えて服を選んで家を出る。電車に近づくのは得策ではないと思ったけど。

 

塾まで電車と歩きだったけど、今自分が何をやっていたのかすぐには思い出せない。あ、歩いていたんだと思ってまた歩く。あれ、ここどこだ? あ、今歩いてたんだ、ということは塾への道か、といった風に。時間意識がなくなって、空間意識もなくなって、ただ目的のために動いた。

 

サブウェイでご飯を食べる。食べた瞬間、自分がものすごく空腹だったと気付く。帰って家族の姿を見る、この人は誰なのか。家族っちゃ家族だけど、過去も現在も未来もない、私はこの人と関係があったっけ……?

 

Twitterで無限に時間を潰して、お風呂に入って、上がって、ウォークマンを手に取った。

 

 

そんな感じの一日だった。どうしても勉強したいなと思って現代文をやっている。昨日の続きから、川田順造『声とペルソナ』、吉見俊哉『遊園地のユートピア 消費社会の都市戦略』を読む。文構造は理解できるけど、同義の箇所に印を付ける気力がないし、音楽は変に聞こえる、で駄目だった。3時を超えたあたりから収まってきたけど。

 

こんな人間がいます、ってのは知ってたし、下には下がいる。けど、私の親がそんな人間だったとは、しかも、これほどまでとは思いも寄らなかった。

 

今5時。だいぶ回復してきた。私は少なくとも受験までの数ヶ月、耐えられるか心配だ。突発的に人を殺すこともあり得る気がした。自分も他人も。普通に生きられるだろうか。ひとり暮らしを始めれば、大きく変わると思う。それまで抑えることができるだろうか。

 

明日、というか今日、美術の先生に会いに行く。藝大院卒だから、というのもあり頼りになる。いろいろ質問する予定だ。10時ごろに行こう。私は今日頑張った。眠くないのに意識が途切れそうだ。

 

考え得るものと考え得ないものがあると思ってる。なぜ今私が勉強したり音楽を聴いたり本を読んだり創作したりアニメや映画を観たりといった行動をしているのか分からない。でもやらないと、一生分からないし変化に乏しくなる気がする。だからやる。ネットは良い面も悪い面も多様だから、自分の人生の良い面悪い面どちらもありふれたものだと分かるので良い。ネタにでもすればいいと思った。それで乗り切れるのならば。

 

でも「がんばる」とか「安定させる」とかの言葉やそれを実現させることの信頼が下落したのは確かだ。1秒後には私は頑張れなくなるし、不安定になる。これに関してはあまり考えたくない。ひたすらがんばったり安定させる努力をするしかない。本を読むしかない。勉強するしかない。

 

私の顔は完全に直っている。寝よう。おやすみなさい。5:30。

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