8/8

美大予備校にいる。作業時間だけど書いてる。

 

8/7の夜食事中や私が受験に関する大事な報告をしている際も嫌みを言われたり怒鳴られたりだったので両親と口論になり、当然勉強などはできなかったし予備校の用意もする気がなくなり寝た。

 

起きたのは6時で、ちゃんと用意すれば余裕で間に合う時間だったけどやる気がなかった。とりあえず家を出て気付いたら喫茶店にいた。

 

映画を観たり本を読んだりした。ご飯を食べる気もなく、コーヒーを飲み続けて過ごした。Twitterをやってたら電池が切れてしまった。最近スマホがすぐ発熱するし、買い換え時かな。

 

映画は引き続きキェシロフスキのデカローグ7.8。

7の「ある告白に関する物語」は、アニョー(6歳の女の子)が実の母親に連れ去られるシーンと育ての親であるアニョーの祖父母に見つかるシーンが印象的だった。前者について、劇の見世物が行われており、ここからすでに不気味なのだ。その舞台からたくさんの子供が下りてくるときに「誘拐」されるのだが、隠れるようだから「かくれんぼ」そうではなく逃げるので「鬼ごっこ」である、というのも詩的でよい。というかこの話はシリーズのなかでも特に台詞が素晴らしい気がした。文学に寄るわけでもなく日常会話に寄るわけでもない。裏の意味を持たせながら(あるいは無意味を付与しながら)自然な会話ができていると思う。後者に関しては、映画のラストにあっけなく拍子抜けするような形で彼らは見つかるのだ。そしてアニョー(アニョーってここでは言ってますけどそれは呼び名で、本名はアンカです)に駆け寄ってよかったよかったという感じなのですが、実の母親の方を見て気まずくうつむきます。ここで抱き締めてほしかったんだろうな~。実の母親は列車に飛び乗って行ってしまいます。泣くでしょ。喫茶店で泣いた。そして毎度のことながら映像の撮り方が参考になります。

8の「ある過去に関する物語」は、題名にもある通り事後的に語られる物語である。なので過去のある事件の説明がしっかりと行われるのだが、この部分に関してはあまり評価できない。会話と映像と両方からあらわされるのが好きだ。しかしあまりに会話に寄りすぎていて、映像が疎かになっていると感じた。ただストーリー自体はとても評価できるし終わり方もかっこいいと思う。

 

今日『現代形而上学』の第五章「普遍」まで読んだ。トロープについての理解が足りない気がする。再度読み直して実生活で例を見つけよう。

 

それにしても疲れた。8時間ご飯食べずに喫茶店にいた。そのあと何も出来ずに寝た。

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