8/14

夜。家族が帰省したので、私は酒場へ行った。何かあると思った。

 

ハイボールなりビールなり飲んだり煙草を吸って、人とべらべら喋ったりくっついたりしている内に、何かわかることがあった。欲求の認識において、例えば「今やりたいことはなんだろう」とその瞬間瞬間で考えると疲れてしまう。もっと長い期間で欲求を決めてもいいのかもしれない。分からない。けれどもこの考えは今の私を動かす動機になりそうだ。

 

なぜ未成年で酒場に行くなんて不良なことをしたのかって、夕方ジム・ジャームッシュパーマネント・バケーション』を観たからだ。主人公は自分を旅人touristと呼ぶ。この世界は部屋で出来ていて、それぞれ人が住む部屋と、その人は似るそうだ。そして主人公はある一つの部屋にじっとしていられないので、漂流する。

 

観ていて思ったのは、私は海へ行ったり人と話したり酒場へ行ったりといった、避けるべきと思うようなことを敢えてすると、案外現状を打破できるのでは、ということだ。そして、なんとなくだが、少し意固地になってもいい気もした。私は何に関しても判断をふらつかせる。なぜなら決め得ないからだ。しかし時間が経つにつれ、我々は絶対に行為をしてしまう。「夏休みの宿題は絶対やる」とか「この本を今日中に読む」とか「この大学に入る」とかそういうのは判断をしずらいものであり、判断せずとも我々は何かをせざるをえない(やる/やらないを含めて)。それで、現状いまいち決められないんだとしたら、もう意固地になって「やるんだ」としてしまってもいいのかもしれないと思った。いつまで続くのかしらないけど。

 

家族が家にいない。それはなんと素晴らしいことか。自由を感じる。どこに寝っ転がって本を読んでもいい。一人暮らしが大切な気がしてきた。

 

美大に行かない選択肢がある。私はこれから美大に行く/行かないの選択をするけれども、それは今回提案していただいたこと、友人や先生に相談したり色々調べたこと、親ともめたこと、夏期講習に行ったこと、全てが今の私を構成しているのだから、とても意味のあることだと思う。

 

髪を切りに行けなかった。明日何としてでも行こう。あと海も行かなきゃ。そんな簡単に事は運ばないような、嫌な前兆が私の頬をかすめた。

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