10/6

離人症の症状が頻発している。あらゆるものを遠くに感じて、音がこもって聞こえる。逆に爆音の幻聴が聞こえることもある。三半規管が狂って受け身の取れないまま倒れてしまう。今日も二回くらいそうなった。

原因は分からない。ちゃんと寝てるし、誰かに何かされた訳でもないし、ご飯もいくらか食べてる。風邪かなぁ。

 

何かあったら「死にたい」と言うようになってから何年か経ち、嘘だから言うのを止めようと思って代わりに「浮きたい」とか「飛びたい」とか言ってたけど、結局「疲れた」と言うのがいいのかもしれないと思った。

 

自分が今何を考えているか、何をしたいか、それを歪ませずに言葉にするのは難しい。今までこのブログでもやってた「精神分析」ごっこは(当時は本気だっただろうに)、フィルターを通した過程で大きく歪み、わざわざ気落ちした自分像を作り出していたとも言える気がする。

とりあえず疲れていない時に「こんなことをしてみたい」みたいな最終的な目標を思い浮かべることは可能らしい。今日は可能だった。完成形を先に考える。

 

批評もそうなのかなとか漠然と思う。筒井康隆文学部唯野教授』を読み終え、ほんの数ページしかない分量だが文学批評の講義を受けた。ある作品を何となく面白かったなぁと思い、なぜそのように感じたのかを考えるのが批評の全うな道順の一つなのかなとか思ったり。

 

 

人とのコミュニケーションが楽しくない。楽しくありたい。とりあえず『コミュニケーションの哲学』を買った。

 

作品をつくっている。本を読んだり映画を見たりしている。勉強は全然してない。

 

すごく静かだった。

面白さに価値を見出だせない。友人にコミュニケーションを拒絶された。

完全な無音。日曜までに作品をつくらないといけない。

ノイズが聞こえる。

寒い日々が続く。しゃべらなくなっていく。思考が逃げていく。

音がなかった。

寝る前に言い訳を作らねば寝れない。瞼を閉じる。

世界がまた消える。

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