12/15

食材を包丁で切る。ここからここまで。ゆっくりと包丁を下ろす。

睡眠がそこで終わった。ここからここまで。朝の7時にセットした目覚ましを見る。6時45分。身体が動かない。というのは伸縮性のあるパジャマを着ていないからだ。白いシャツを着ていた。皺がついていた。僕はそれを脱いでパジャマに着替え、アラームをオフにして布団に入った。何のために今日の一日があるのか? 何が僕を起床させるのか?

次に目が覚めると寝室が赤く、白く揺れていた。窓から日差しが入っている。時間を見る気にもなれない。後で知ったのだが、この時の時間は11時半だったらしい。ずいぶんな早起きだと思う。睡眠時間が減っているとすら思った。昨日は気付いたら午後5時で日も落ちていた。それに比べればまっとうな「一日」が始まったわけだ。

何から話せば良いのだろうか。人に伝えるからにはある程度整理されていた方が良い。整理術はよく知らない。部屋の掃除は掃除機でガガガッと。しかしそれは清掃術だ。僕が唯一知る、そしてもっともやりやすい術とは、術とも言えないが、曰く「時間軸に沿って」語るというものだ。

 

始点を昨日の夜、お風呂に入っていた時に設定する。僕は冷めた湯船に浸かって凍えていた。一刻も早くこの液体から脱出したい。ぐねぐね動いても出られない。ようやくナメクジのように風呂から滑り落ちた頃には30分が経過していた。

僕は喋れなくなってしまった。思い返せば小学生の頃、人を笑わせることに従事していたし実際人が笑っていた。何かを失った話をするならば、中学一年生のころ成績は学年一位、今は(長期不登校の人などを除けば)学年最下位で。そのことがなんだという話でないけれども事実であり、考えたくない話だった。

未練、とは言わないがどうしてこうなったのか。こんな時間を過ごすなら生まれてすぐ死ねば良かったと、幼い頃のアルバムを引っ張り出して思う。この二頭身か三頭身ほどの生き物が石像になったならば、素晴らしい彫刻としてホルマリン漬けにしたいと言う死体愛好ペドフェリアも居るに違いない。

お風呂を出てから人の話が聞きたくなって、ラジオを付けた。菊池成孔の粋な夜電波。ヒップホップは嫌いだしジャズもうんざりだったけれど、この饒舌は凄いと言うほかない。原稿はあるんだろうけれども、どこまでも面白いし速い。とても楽しそうに喋るので、そしてこれからも楽しく生きていくのだろうと思って、ラジオを壁に投げた。まだ鳴っていた。今まで何度スマホを二つに割ろうと思ったか。しかし二つに割っても音が出続ける可能性はある。水に沈めても壊れない可能性はある。携帯のない生活などあり得ない。そう脳内で独り言を言いながらたくさんのアプリを一つ一つ消していった。もうほとんど残っていない。フォントサイズを大きくした。これでスマホが時化てしまえばよいのだが。

この文章も何かの真似をして、こういう表現になっている。それは当然なのだけれども、いい加減違う世界に行きたい。違う存在になりたい。あんな人間になりたい、こんな思いをしたい。それが無数にあって、けれども全てが成就しない。

 

微熱が続いている。もう二週間だ。この語り方がいつまで続くのかも見物だ。死ぬ瞬間が早く見たい。今までの調子じゃ意味がない。楽しいかもしれないが。こんな語りが醸成されたのも、何もかも高一の夏休みに書いた小説のせいであり、今を形づくっているのはその7万字に他ならない。試しにあらすじを説明する。

話は小説とメタの入れ子構造になっている。小説家と編集担当がおり、毎日規定の枚数の小説を小説家が提出し、編集担当は編集後記として登場する。小説家の書く小説には編集担当と同じ名前の主人公が登場する。彼は思い切って恋愛をはじめてみたものの、相手をどうでも良く思っていることに気付く、という内容となっている。しかし途中で小説家は失踪し、編集担当が小説を代わりに書かなければならなくなる。

 

整理術に終点はない。いつまでも整理する。今日予備校がある。もう行かなければならない。予備校に行って何をするのだろう。もう何も予想したくない。モノクロの服しか着たくなかった。カラーがいらいらする。何が僕を壊すのか。一度も壊れたことがない。今日壊す今日壊すと言っていつまでも変わらない僕だった。僕でなくありたい。僕の意識から脱出したい。ナメクジのように。心臓が強く打つ。呼吸が荒い。指先が冷たい。微熱のせいでもあり、今から起こる事件の前兆でもある。そうであってほしい。僕は僕を壊すことに取り憑かれてしまった。何年もそうだ。これが治らない病であるにせよそうでないにせよ、僕はいつまで僕を守り続けるのかと、本物の包丁を構えて僕に突撃する。僕は家を出る。もう帰らない。

広告を非表示にする